アーカイブ – 4月, 2011

今できることは?

今回の震災の後、彩水と話をしたことです。

もし、今、大きな津波が来たら逃げ場がなさそうだね。

彩水が逃げられなさそうなとき、お父さんは、どうしようかな。

彩水を置いて逃げられるかな。

でも、彩水は、彩水のためにお父さんが残るのは嫌だよね。

皆さんならどうしますか?

まず、こんなしにくい話でも、話してお互いの気持ちを確認しておくことは、あとで、妄想に悩まされることが、軽減するかもしれませんし、迷う時間がなくなることで、お互いが救われる可能性が広がると思うのです。

彩水と私の現在の答えです。

とにかく、どちらかの命と思わず、お互いの大切な命をいかに生かすことが出来るか、

精一杯最後の一瞬まで頑張ろう。生き切ろう。

お父さんは、彩水をおんぶして走ってでも逃げるよ。

彩水の病気で命を懸けて、戦った時のようにね。あの時と同じ。

あとは、幸いなことに今ある時間で、何をすべきかをかんがえることだね。

まずは、お父さんの体力づくり、彩水のリハビリ、避難経路のシュミレーション、避難場所を常に意識とかね。

私の師匠は、昔から体力づくりを欠かしていません。これは、自分を追い込むためとか、自分を知るためとか、そういう意味合いなのかなと思っていました。

でも、いざという時に、自分や、大切な人のために、自分に何ができるかが、普段の自分の体の準備で、変わってくるんだと思って、師匠に質問してみました。

答えは、常に準備しておくことでした。

自分研究勉強会は、実は、常に準備しておくことという考え方を学ぶ場でもあるんですね。

そして、その対応の仕方も手にしていかれるのです。

地震や津波だけでなく、病気でも、戦争でも、事故でも、いろんなことに対して。

常に準備しておくこと。

いろんなこと、大切な人たちと話して準備しておいたほうが良いですね。

そしてできれば、自分の経験による脳の情報だけでは、アイデアの限界があるので、いろんな方に話を聞いてみることです。

損得・駆け引き・条件付きでなくかかわってくれている仲間の意見には、たくさんの生きるためのアイデアが詰まっているはずです。

あとは、これが自分にとってどうなのかの判断を、脳反射・筋肉反射検査をベースに判断していけばよいのです。

コミュニケーションとネットワークです。

こんなことも自分研究勉強会では、学べるんですよ。

準備していないから慌てるんですよ。今までだって同じようなこといくらでもあったでしょ。なんで準備しないんですか?

後回しはだめです、いつ何が起きるかわからないのですから、今はじめないと。

明日、久留米の宮原先生が医院で自分研究勉強会を開きます。

宮原先生は、病気症状を医療的にという狭い範囲の物事のとらえ方でなく、生きている人という観点から物事を捉えられる、医療者としては数少ない方の一人です。ぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。

明日、4月20日(水) 14:00~16:00  自分研究プレセミナーやります!

お問い合わせ、ご連絡はメールでどうぞ

miyahara_dc@yahoo.co.jp


ちなみに、22日の金曜日の10時からは、小田原で開催します。

自分研究の第一歩をぜひ踏み出してみてはいかがでしょうか。

コメントする 2011年4月19日

相模湾沖の震災に備えて

今日、家内と、もし今回東北に起きたような震災が、相模湾で発生したらの、シュミレーションをしてきました。

私の住んでいるところは、高台までは、車で10分はかかります。車を使わないと津波の到達前に高台に行くことは、難しいです。

彩水が歩けないので、車でないと逃げる距離に限界があります。

車は、いつも渋滞している個所を通る必要があり、実際は動けなくなる可能性が高く、危険性が高いです。

両親とも先日話し合い、昔ながらのリヤカーを購入しました。

近所で、5階以上の高さのコンクリートのマンションは4つしかありません、もし車が使えないとすると、これらのマンションに逃げるしかありません。

はたして入れてもらうことが、出来るのか、夜中に地震が起きたらという条件で見に行ってきました。

なんと、オートロックで入れないのです。

非常階段も入れそうにありませんでした。

人と人が信じあえなくなった弊害がこんなことでも出るのですね。

正攻法で、玄関から攻めたとすると、電気が来ていない場合、オートロックがどうなるのかわからず、インターフォンで助けを求めることもできるかわかりません。

行政が、高台から遠い人から、車の使用を許可してくれるとか、せめて、障害のある人たちは、車の使用を認めてくれるとか、対策を考えてくれるわけでなし、困ったものです。

引っ越すのも一つの案なので、考えてみたものの、踏ん切りがつきません。

近所に彩水より重度の障害の方もいます。

周りの人々皆が同じ条件なのです。

この際、5階建てぐらいのビルを皆が避難できる場所として、造ってしまえばよいのではと思いましたが…。

今の私には、借金をする余力などなく、個人ではお金がありません。

皆でお金を出し合って、助け合えばできそうなことなのに。

そんな風に、信用し合えるという状況が、ないのです。

これも、人と人が信じあえなくなった弊害です。

解決策は、見つかっていません。

でも、現状をシュミレーションできたことは、収穫でした。

もう一つ、先日彩水とシュミレーションし、話し合ったことがあります。

もし、彩水を連れて逃げられない状況になったら…。

これは、明日。

とにかく、考えて、考えて。できる限りの準備です。
自分研究と同じです。

あわてない準備が、いろんな意味で、大丈夫にします。

救命の三角スポットというそうです。

これも皆でシュミレーションしてみました。

ご参考にチェックしみてください。

http://barriosiete.com/where-to-go-during-an-earthquake/

コメントする 2011年4月18日

本当の安心感

チームの仲間である、九州の宮原先生のブログを読ませていただきました。

自分でいわゆる無難にする努力をすることと、人が相手を無難にしてあげるという行為と、全く逆のことだと認識する必要を感じています。

師匠の伊東先生は、「自分で無難にする方法」を教えてくれているのだと思います。

そのために自分から難を求め、大難に備えたり、これができない人のためや、これができている人の家族のために、人とネットワークすることでの無難になる場、「安住村」を提言されているのだと思います。

自由もそうですが、安心感も、自分が「難」を経験し乗り越えつかむというところからしか、本当の意味では得られないのです。

人から与えられても、それはうわべだけになり、「もっと安心」を求めます。

もし、自分が経験できなかったならば、経験した人の話を聞いたり、その方のことを自分のこととしてとらえることで、脳に体験させるのです



私たちは、師匠に、コミュニケーションして人と人がつながりネットワークする訓練を、させてもらっている気がします。

人と人がつながっている空間に、大きな経済は必要ありません。今の社会は、個人を分断することによって、病気を作り、不安を煽り、「我良し」の精神を植え付けられることで、経済を作っているのです。

自分のためでなく、経済のための歯車としての生き方、その中に完全にはまって、考えることを忘れ、自分自シンを、脳を眠らせている。

こんな生き方で納得した人生を送れるでしょうか?

先日のミーティングでは、予防という言葉の取り扱いの皆のスタンスの違いをキャッチして、思考が漏電したようです。

昨日、久しぶりに、交流会のような場に出かけてきました。

地域の活性の話が出ていましたが、最終的に何を求めているのか私にはわかりませんでした。経済なのか?我良しの道楽なのか?皆が、納得した人生を送るための場づくりの第一歩なのか?

難しい顔でいることしかできない自分が、皆の迷惑になる気もしたので、早々に退散してきました。

皆さん、震災のこと、のど元過ぎていませんか?

地震だけでなく、常に、準備しておきましょう。いつ何があるかわからないのが人生です。

準備することで、大難が小難になると思います。

それしかできないですしね。

そうしたら、大丈夫な心境で、行けると思いますよ。

3日坊主でよいから、今日からもう一度防災意識もちましょう。

コメントする 2011年4月17日

人が人と関わる本当の治療

保険診療から脱却して2週間がたちました。

患者さんの反応は色々ですが、やはり、費用的になるべく安いほうがよいという方が多いです。

要するに、他より高くても私のところでという方ばかりではないということです。

一般的に、1回の治療で我々に入ってくるお金の平均は、6,500円ぐらいで、1時間に4人診るというのが、保険診療の内訳かと思います。1時間で26,000円です。

衛生士が歯石の除去等の、予防業務を行ってこれと合わせると、1時間40,000円が理想的だったと思います。

患者さんの負担金は、通常3割ですから、1,950円ぐらいでしょうか。

患者さんは、この支払っている金額が、我々の行っていることへの、あまり文句の出ない対価と感じているようです。

もし、本来医院に入ってくる6,500円という金額を1度自分で、直接支払うことにしたなら、高いと感じるということです。

我々のやっていることは、高くても2000円弱が妥当と評価されているのです。

実際は、この2000円弱も高いと思われているかもしれません。

患者さんは、我々が行っていることは、一時的な処置のレベルであることを知っています。

そこにお金をかける意味を感じていないのです。

私たち、CWの考え方をベースに行う、完全自由診療は、本当の原因除去を行います。

保険診療とは、まったく異なるものです。

しかし、歯医者でいる限り、今までのイメージがあり、価値を認めてもらうことは簡単ではないようです。

私のところは、1時間患者さんにかかわって、10,000円が現状です。保険診療の時の3分の1です。

我々は、保険診療を行っているほうが、収入があり、責任もないのです。

だから皆、保険診療をやめられないのでしょう。

患者さんも、自分の体に関心・責任を持っていない方がほとんどです。

自分で考え、自分で努力するより、より安く、当座の不具合がごまかせればよいのです。

お互いが、責任放棄、何かあれば、相手のせいなのです。

自分に関心を持ち、自分を大切にしたいと考えている方が、この人ならかかわれると思える、こちらは、相手のことを本気で自分のことのようにとしてとらえかかわる。

そんな人間に私がならないと、完全自由診療は、定着できないでしょう。

でも、こんな診療が、こんな人と人のかかわりがあたりまえだという日が、そう遠くない将来に来ると思います。

そして、そうなるように、まだ7人の歯科医師のチームですが、師匠の伊東聖鎬先生のもと、頑張っていかなければと思います。

コメントする 2011年4月16日

反省です。

今日は、新宿のCW事務局でミーティングでした。

最後のほうで、脳が停止した様になって、話があまり入らなくなりました。

言葉は聞こえているのに、まさに入らないのです。

拒否しているわけではないのだけれど、質問に対しての答えが出てこないのです。

答えが出てこないのでなく、頭に入っていないのです。

帰りの新幹線の中で、録音を聞き直してみると、

「あれ、こんなこと言ってた?」という感じで、5割は抜けているのです。

自分のおとといからの、気づきに対するこだわりのせいで、

そのことに対する部分しか、聞こえてこないのです。

自分の興味あることや、今の課題の部分しか聞けていません。

しかも、他の人に対するイメージもそこで固まっていたのです。

反省です。

自分のことって、なかなか常に客観的って難しいですね。

でも、いつも自分のこと、自分が、撮影しているつもりになって、

自分が人生の中で、かっこよく、素敵に生きられるように

客観的に演じられるぐらいになりたいです。

コメントする 2011年4月14日

トラブルが起きないようにすること

末っ子が、今年小学校に上がりました。




家内が、「小学校からの連絡がていねいすぎるほどていねいなんだよ~。」

と言われました。




詳しく聞くと、体育の授業のある日に、「持ち物・体操服、持ち帰るもの・体操服」と書いてあるというのです。




この話を聞いた時、、いつも師匠に聞いている話を思い出しました。

(さっきまで、師匠のお話を伺ってました。東京からお越しいただいて、遅くまでありがとうございました。)




相手の考えるチャンスを奪うこと、相手の脳を、眠った状態のままにさせ続け、自分自身




を見失ったままで、いざという時に自分すら守れない人間にしてしまうこと。相手の脳に




恨まれますよ~。してはいけないことですよ~。




という話です。




先生は、後でクレームや問題が起きないように、先へ先へと相手が失敗しないようにしていくのだと思います。




これは、すでに考えることができない、多くのわれわれ親の世代が、子供が失敗したことは、自分たちのせいであっても、自分が考えてこなかったため、考えられず、人任せにしてきたために、上手くいかないと人のせいにするからです。




こんな親に育てられ、こんな教育の中にいる子供たち。




考えるということをせず生きていく。

自分の命が終わる瞬間に対応できるのでしょうか?




とにかく、考える、考える、考える。




その答えが出なくても、考えたということが、きっとどこかで自分のためにも、人のためにも役に立つのです。




考えるきっかけになることは、上手くいかないところから起こるのに。




上手くいくようにしてあげる。




大丈夫にしてあげる。




最後に大丈夫が必要なのに。




今、大丈夫にしてもらったら。




最後には自分で大丈夫にしなければいけないのに。




できるかな。







そういえば!




我々、歯科医師をはじめ「治してあげる」のみなさん、よく考えないと、大変なことしてるかもしれませんよ。




そして、もし本当に病気症状をはじめ、悪いことと言われていることが起きないように人に予防してもらえるとしたら……。




それは、本当に自分自身が望むことなんでしょうか?









何となく、悪いことの予防ってなんなんだか見えてくるような気がします。




大難を小難にすることは、できるってことですよね。




考えてみましょ。




続きは今度。


コメントする 2011年4月13日

お父さんには、私が歩けないのは、普通のこと?

昨日寝るときに、多発性硬化症で闘病中の娘に質問されました。

「お父さんにとって、私が歩けないのは、普通のこと?」

病気症状に振り回されている状態も、良いことはありませんが、私が、今ある状態そのものを受け入れることを以前よりできるようになったことや、震災の影響もあり、常に「死」を意識しているせいで「生きているだけで」という視点にたっているためか。

でも、なんだか「ドキッ」とした。

それが、「あたりまえ」にはなっていないつもりだったけど、彩水に対してできること、精一杯やりきってはいないのかな。

忙しくて、少し手抜きなのかな。

今の「ありがたい」状態が、「あたりまえ」にならないように、注意しないと、なにかあったら、また、右往左往ですね。

のど元過ぎないように、常に「ありがたく」精一杯生き切る。

災害も一緒。今を「ありがたく」感じ、その中で、できる準備を精一杯しておく。

今日、100mmほど離れた、本屋さんに子供たちと散歩しました。散歩という距離ではないですが、彩水にとってはちょっとした遠出です。

信号を渡るのも、中央分離帯で1回待たないといけません。中央分離帯がないと危なくて、1回で渡らないといけないので、現実として渡れません。中央分離帯があっても段差があれば時間が足りません。ちょっとした坂、例えば歩道の引き込みのためのへこみ。これだけでも一苦労です。歩道の端の平らなところはなぜか街路樹です。

妹、弟が無邪気に走っているのも、あたりまえのことじゃないんだな~、ありがたいことなんだな~、なんて見ていました。

いつ何があるかわからないですからね。

これを、教えてくれたのは、彩水。

彩水がまだ小さくて、歩き始めたころ、東京の大崎に住んでいましたが、目黒川沿いをよく散歩しました。あのころを思い出しながら、彩水と話をしました。

赤ちゃんが歩くことが出来るようになるまで、ハイハイしたり、つかまり立ちしたりしながら、時間かかって歩けるようになるもんね。彩水は、最近ハイハイできるようになって来たから、まだ、歩けない赤ちゃんが、頑張って歩いているようなもんだから、時間かかるわけだよね。

でももし、毎日こんな散歩が出来たら、同じ距離にかかる時間はどんどん短くなるような気がしない?

動いてくれない部分が、動くのをじっと待つのでなく、今あるものを最大限活用しないとね。そうなるように、できること精一杯やっているかな。

スポーツ選手は、自分の限界まで鍛えるから、普通できないことできるものね。彩水は、今は、普通よりできないから、限界まで鍛えたら、普通になれるかもね。

彩水も自分でできること精一杯しようね。

お父さんも、できること精一杯するね。

大変そうに思えるけど、その上で一緒にがんばったら、上手くいかないわけないよね。

「良くしてあげる」は、ないんだよ。「良くしてください」もないんだよ。

一緒に「しあわせだね~」って、言えるように。

お父さんのできることは、自分でできること精一杯を見せること。

コメントする 2011年4月10日

自分のことは自分で(そうできたら、歯のトラブルもチャンスです。)

自分のことは、自分で

たとえば病気。

24時間365日一緒にいる自分が、意外と自分のことを分かりません。

たまに数時間しか会わない他人に、自分のことがわかるのでしょうか。

その病名だと、このやり方と何人かの人の症状に変化があったことをあてがっているだけなのです。

でも、なぜか、人任せにするのです。

考えるのが面倒だから、考えることを教わってこなかったから。

人任せにするほうが楽だから。

その結果、うまくいかなければ、人のせい。

その上、人任せにすることでの不安。

原因はなんだろう、どうなるのだろう、ほんとはこうなんじゃないかな。こうしてみたいのに。

怒られたらどうしよう。診てもらえなかったらどうしよう。連絡つかなかったらどうしよう。

自分で何もできないんだから、不安で当然。

先延ばししないで。

考えることはじめましょう。

なんで歯が痛いのか。そんなことから、はじめましょう。

今答えが出なくても、考えることをたくさんできたら、いつか必ず起きるとっさのことに役立ちます。

同じ問題を持つ人のためにも役立ちます。

自分に関心を持つこと。

生かしていただいている自分自身の体に最低限できること。

自分に、ありがとうの第一歩かな。

あたりまえな毎日を過ごせていると、一人でこんな風に思えるようになるの、なかなか難しいから、

一緒に考えることはじめませんか。

歯のトラブル、チャンスにしましょう。

コメントする 2011年4月5日


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