アーカイブ – 2011年4月17日

本当の安心感

チームの仲間である、九州の宮原先生のブログを読ませていただきました。

自分でいわゆる無難にする努力をすることと、人が相手を無難にしてあげるという行為と、全く逆のことだと認識する必要を感じています。

師匠の伊東先生は、「自分で無難にする方法」を教えてくれているのだと思います。

そのために自分から難を求め、大難に備えたり、これができない人のためや、これができている人の家族のために、人とネットワークすることでの無難になる場、「安住村」を提言されているのだと思います。

自由もそうですが、安心感も、自分が「難」を経験し乗り越えつかむというところからしか、本当の意味では得られないのです。

人から与えられても、それはうわべだけになり、「もっと安心」を求めます。

もし、自分が経験できなかったならば、経験した人の話を聞いたり、その方のことを自分のこととしてとらえることで、脳に体験させるのです



私たちは、師匠に、コミュニケーションして人と人がつながりネットワークする訓練を、させてもらっている気がします。

人と人がつながっている空間に、大きな経済は必要ありません。今の社会は、個人を分断することによって、病気を作り、不安を煽り、「我良し」の精神を植え付けられることで、経済を作っているのです。

自分のためでなく、経済のための歯車としての生き方、その中に完全にはまって、考えることを忘れ、自分自シンを、脳を眠らせている。

こんな生き方で納得した人生を送れるでしょうか?

先日のミーティングでは、予防という言葉の取り扱いの皆のスタンスの違いをキャッチして、思考が漏電したようです。

昨日、久しぶりに、交流会のような場に出かけてきました。

地域の活性の話が出ていましたが、最終的に何を求めているのか私にはわかりませんでした。経済なのか?我良しの道楽なのか?皆が、納得した人生を送るための場づくりの第一歩なのか?

難しい顔でいることしかできない自分が、皆の迷惑になる気もしたので、早々に退散してきました。

皆さん、震災のこと、のど元過ぎていませんか?

地震だけでなく、常に、準備しておきましょう。いつ何があるかわからないのが人生です。

準備することで、大難が小難になると思います。

それしかできないですしね。

そうしたら、大丈夫な心境で、行けると思いますよ。

3日坊主でよいから、今日からもう一度防災意識もちましょう。

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