お父さんには、私が歩けないのは、普通のこと?

2011年4月10日

昨日寝るときに、多発性硬化症で闘病中の娘に質問されました。

「お父さんにとって、私が歩けないのは、普通のこと?」

病気症状に振り回されている状態も、良いことはありませんが、私が、今ある状態そのものを受け入れることを以前よりできるようになったことや、震災の影響もあり、常に「死」を意識しているせいで「生きているだけで」という視点にたっているためか。

でも、なんだか「ドキッ」とした。

それが、「あたりまえ」にはなっていないつもりだったけど、彩水に対してできること、精一杯やりきってはいないのかな。

忙しくて、少し手抜きなのかな。

今の「ありがたい」状態が、「あたりまえ」にならないように、注意しないと、なにかあったら、また、右往左往ですね。

のど元過ぎないように、常に「ありがたく」精一杯生き切る。

災害も一緒。今を「ありがたく」感じ、その中で、できる準備を精一杯しておく。

今日、100mmほど離れた、本屋さんに子供たちと散歩しました。散歩という距離ではないですが、彩水にとってはちょっとした遠出です。

信号を渡るのも、中央分離帯で1回待たないといけません。中央分離帯がないと危なくて、1回で渡らないといけないので、現実として渡れません。中央分離帯があっても段差があれば時間が足りません。ちょっとした坂、例えば歩道の引き込みのためのへこみ。これだけでも一苦労です。歩道の端の平らなところはなぜか街路樹です。

妹、弟が無邪気に走っているのも、あたりまえのことじゃないんだな~、ありがたいことなんだな~、なんて見ていました。

いつ何があるかわからないですからね。

これを、教えてくれたのは、彩水。

彩水がまだ小さくて、歩き始めたころ、東京の大崎に住んでいましたが、目黒川沿いをよく散歩しました。あのころを思い出しながら、彩水と話をしました。

赤ちゃんが歩くことが出来るようになるまで、ハイハイしたり、つかまり立ちしたりしながら、時間かかって歩けるようになるもんね。彩水は、最近ハイハイできるようになって来たから、まだ、歩けない赤ちゃんが、頑張って歩いているようなもんだから、時間かかるわけだよね。

でももし、毎日こんな散歩が出来たら、同じ距離にかかる時間はどんどん短くなるような気がしない?

動いてくれない部分が、動くのをじっと待つのでなく、今あるものを最大限活用しないとね。そうなるように、できること精一杯やっているかな。

スポーツ選手は、自分の限界まで鍛えるから、普通できないことできるものね。彩水は、今は、普通よりできないから、限界まで鍛えたら、普通になれるかもね。

彩水も自分でできること精一杯しようね。

お父さんも、できること精一杯するね。

大変そうに思えるけど、その上で一緒にがんばったら、上手くいかないわけないよね。

「良くしてあげる」は、ないんだよ。「良くしてください」もないんだよ。

一緒に「しあわせだね~」って、言えるように。

お父さんのできることは、自分でできること精一杯を見せること。


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